河沼郡(かわぬまぐん)は、福島県(陸奥国・岩代国)の郡。
人口19,314人、面積283.78km²、人口密度68.1人/km²。(2025年2月1日、推計人口)
以下の2町1村を含む。
- 会津坂下町(あいづばんげまち)
- 湯川村(ゆがわむら)
- 柳津町(やないづまち)
郡域
1878年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町1村から柳津町の一部(軽井沢、久保田以南)を除き、下記を加えた区域にあたる。
- 会津若松市の一部(河東町各町)
- 喜多方市の一部(概ね阿賀川以南)
- 耶麻郡西会津町の一部(概ね阿賀川以南)
歴史
近代以降の沿革
- 幕末時点では陸奥国に所属した。「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での支配は以下の通り。(243村)
- 明治元年
- 9月22日(1868年11月6日) - 会津戦争で会津藩が新政府軍に降伏し、領地を没収される。
- 10月1日(1868年11月14日) - 幕府領・旧会津藩領に若松民政局を設置。
- 12月7日(1869年1月19日)
- 陸奥国が分割され、本郡は岩代国の所属となる。
- 旧会津藩領の郷村高帳の引き継ぎ以外の事務が上野館林藩の管轄となる。
- 12月23日(1869年2月4日) - 旧会津藩領の事務が館林藩と羽前新庄藩の共同管理となる。
- 明治2年5月4日(1869年6月13日) - 若松民政局を廃し、若松県を設置。館林藩・新庄藩の管轄も終了。
- 明治初年 - 片門村より重門治原村が分村。(244村)
- 明治8年(1875年) - 下記の村の統合が行われる。(98村)
- 明治9年(1876年)8月21日 - 第2次府県統合により福島県の管轄となる。
- 明治10年(1877年)(94村)
- 坂下村上町・坂下村中町・坂下村下町・横古村が合併して坂下町となる。
- 金矢村・上中沢村が合併して五ノ併村となる。
- 村岡村が群岡村に、東金樋村が金上村にそれぞれ改称。
- 明治12年(1879年)
- 1月27日 - 郡区町村編制法の福島県での施行により行政区画としての河沼郡が発足。郡役所を坂下町に設置。
- 強清水新田が強清水村に改称。
- 明治14年(1881年) - 八田野村・四ツ山村・藤漆村・強清水村が合併して八田村となる。(91村)
町村制以降の沿革
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により以下の村が発足。(1町31村)
- 坂下町(単独町制、現・会津坂下町)
- 若宮村 ← 牛川村、勝大村、樋島村、大沖村、五ノ併村、白狐村、葉林村(現・会津坂下町)
- 金上村 ← 福原村、宮古村、金上村、海老細村、塚原村、開津村、新開津村(現・会津坂下町)
- 日橋村 ← 広田村、八田村、金田村、浅山村、東長原村、倉橋村、南高野村(現・会津若松市)
- 堂島村 ← 郡山村、代田村、谷沢村、岡田村、大田原村、広野村、熊野堂村、福島村(現・会津若松市)
- 笈川村 ← 笈川村、清水田村、桜町村、湊村、浜崎村(現・湯川村)
- 勝常村 ← 勝常村、佐野目村、熊ノ目村、田川村、三川村、堂畑村(現・湯川村)
- 広瀬村 ← 青木村、青津村、沼越村、立川村、五香村、御池田村、三谷村、中泉村、合川村(現・会津坂下町)
- 川西村 ← 宇内村、津尻村、大上村、見明村、八日沢村、長井村(現・会津坂下町)
- 塔寺村、気多宮村、坂本村、新舘村、船杉村(それぞれ単独村制、現・会津坂下町)
- 柳津村 ← 柳津村、大柳村、細八村(現・柳津町)
- 倉戸村 ← 郷戸村、猪倉野村(現・柳津町)
- 飯谷村 ← 飯谷村、小椿村、藤村(現・柳津町)
- 高寺村、片門村(それぞれ単独村制、現・会津坂下町)
- 束松村(単独村制、現・会津坂下町、耶麻郡西会津町)
- 新郷村 ← 西羽賀村、夏井村、川井村、塩坪村、池原村、峯村(現・喜多方市)
- 千咲村 ← 大田賀村、三津合村(現・喜多方市)
- 野沢村、正中村、芹草越村、尾野本村、登世島村、睦合村、下谷村、群岡村、上野尻村(それぞれ単独村制、現・耶麻郡西会津町)
- 宝坂村 ← 宝坂村、屋敷村(現・耶麻郡西会津町)
- 明治30年(1897年)10月1日 - 郡制を施行。
- 明治40年(1907年)7月1日 - 野沢村が町制施行して野沢町となる。(2町30村)
- 大正10年(1921年)
- 5月1日 - 柳津村、倉戸村、飯谷村が合併し、改めて柳津村が発足。(2町28村)
- 6月1日 - 正中村・芹草越村が野沢町に編入。(2町26村)
- 大正12年(1923年)4月1日
- 郡会が廃止。郡役所は存続。
- 塔寺村・気多宮村・坂本村・新舘村・船杉村が合併して八幡村が発足。(2町22村)
- 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
- 昭和17年(1942年)5月20日 - 柳津村が町制施行して柳津町となる。(3町21村)
- 昭和29年(1954年)
- 3月31日 - 高寺村・片門村・束松村が合併し、改めて高寺村が発足。(3町19村)
- 7月1日 - 野沢町・尾野本村・登世島村・睦合村・下谷村・群岡村・上野尻村・宝坂村が耶麻郡新郷村・奥川村と合併して耶麻郡西会津町となり、郡より離脱。(2町12村)
- 昭和30年(1955年)
- 3月1日 - 千咲村の一部(三津合)が耶麻郡山都町(現・喜多方市)に編入。
- 3月31日(2町10村)
- 柳津町が大沼郡西山村と合併し、改めて柳津町が発足。
- 高寺村・新郷村・千咲村が耶麻郡山郷村と合併して高郷村が発足。
- 4月1日 - 坂下町・若宮村・金上村・広瀬村・川西村・八幡村が合併して会津坂下町が発足。(2町5村)
- 昭和32年(1957年)
- 3月31日(2町4村)
- 笈川村・勝常村が合併して湯川村が発足。
- 4月1日 - 日橋村・堂島村が合併して河東村が発足。(2町3村)
- 3月31日(2町4村)
- 昭和35年(1960年)8月1日
- 高郷村の一部(高寺・片門および束松の一部)が会津坂下町に編入。
- 高郷村の所属郡が耶麻郡に変更。(2町2村)
- 昭和53年(1978年)4月1日 - 河東村が町制施行して河東町となる。(3町1村)
- 平成17年(2005年)11月1日 - 河東町が会津若松市に編入。(2町1村)
変遷表
行政
- 歴代郡長
脚注
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 7 福島県、角川書店、1981年3月1日。ISBN 4040010701。
- 旧高旧領取調帳データベース



