ベイリー (USS Bailey, DD-492) はアメリカ海軍のベンソン級駆逐艦の一隻。 艦名はセオドラス・ベイリー少将にちなむ。その名を持つ艦としては3隻目。 1969年に標的艦として沈没した。

艦歴

ニューヨーク州スタテンアイランドベスレヘム造船にて1941年1月29日起工され、1942年5月11日、F・D・カーンズ少佐指揮下にて1942年5月11日に就役、太平洋艦隊に配備された。太平洋ではアリューシャン列島哨戒のため第8任務部隊に所属した。1943年1月12日にアムチトカ島への侵攻を支援し、3月26日にはコマンドルスキー諸島海戦に参加した。重巡洋艦那智に対して魚雷攻撃を行った際、ベイリーは3発の8インチ砲直撃を受け、5名が死亡、6名が負傷し、船体に大きな損傷を負うが、この行動により海軍部隊章を受賞した。アラスカ州のダッチハーバーで応急修理を行い、本格的な修理のため1943年4月8日にメア・アイランド海軍造船所に入った。

修理を終えたベイリーは1943年10月16日に真珠湾に入港した。 1943年11月から1944年10月まで、ベイリーは以下の海域にて火力支援、索敵、哨戒任務に従事した。

  • タラワ(1943年11月20日から12月7日)
  • マロエラップ環礁、クェゼリン環礁(1944年1月30日から2月29日)
  • サイパン島、テニアン島(6月15日から7月28日)
  • ペリリュー島、アンガウル島(9月15日から10月2日)


1944年10月1日の夜、パラオ沖での哨戒任務中に2度の激しい機銃掃射を受け、9名が死亡、16名が負傷した。ベイリーは修理のためマレ島へ向かい、10月25日に到着した。1944年12月24日に真珠湾に戻り、ミンダナオ島の戦いおよびボルネオの戦いにて上陸を支援した。1945年8月から11月までの間、ベイリーは極東海域での訓練に従事した。1945年12月11日、マサチューセッツ州ボストンへ移動し、1946年5月2日、サウスカロライナ州チャールストンにて退役した。ベイリーは1968年6月1日に海軍船籍から除籍され、1969年11月4日にフロリダ沖で標的として沈没した。

勲章

ベイリーは太平洋における行動により海軍部隊章と9個の従軍星章を受章した。

脚注

  • この記事はアメリカ合衆国政府の著作物であるDictionary of American Naval Fighting Shipsに由来する文章を含んでいます。 記事はここで閲覧できます。

関連項目

  • アメリカ海軍艦艇一覧
  • アメリカ海軍駆逐艦一覧

外部リンク

  • USS Bailey website at Destroyer History Foundation
  • USS Bailey DD-492 Website at USS Bailey DD-492

Destroyer Photo Index DD492 USS BAILEY

Destroyer Photo Index DD492 USS BAILEY

USS BAILEY DD492, WAR RECORD

USS Bailey (DD492), Mare Island, 1944

USS Bailey (DD492) off the Mare Island Navy Yard, California, 8