ポロンナルワ王国
පොළොන්නරුව රාජධානිය

ポロンナルワ王国(ポロンナルワおうこく、シンハラ語: පොළොන්නරුව රාජධානිය)は、スリランカにかつて存在したシンハラ王国。それ以前に存在したアヌラーダプラ王国の都アヌラーダプラがチョーラ朝に攻略され、南にあるポロンナルワへと遷都した結果成立した。成立は1055年、滅亡は1236年とされている。

成立

都ポロンナルワはマハウェリ川沿岸に位置する。その歴史は古く、アヌラーダプラと同時期に街ができたと考えられている。また、アヌラーダプラ王国時代には、王国第2の都として栄えていた。

歴史

1017年、1,400年以上の歴史を持つアヌラーダプラ王国はチョーラ朝の侵攻を受けて滅亡し、国王マヒンダ5世はインドへと連れ去られ1029年に死亡した。その後チョーラ朝の国王ラージェーンドラ1世は都をポロンナルワに移し、53年間統治した。その間、ポロンナルワはチョーラ朝によってジャナナタプラムと呼ばれていた。1070年、ルフナ公国の大公ウィジャヤバーフ1世は、チョーラ朝を破りアヌラーダプラとポロンナルワを奪還。ポロンナルワ王国を建国した。その後彼はミャンマーのパガン王朝から仏典を譲り受け、仏教の再興を図った。

パラークラマバーフ1世が即位する前、王国は3つの国に分裂していた。その1つダッキナデサ国の王となったパラークラマバーフは他の2国を破り、スリランカを統一した。彼の統治下では、南インドのパーンディヤ朝への遠征も行われた。

その後パーンディヤ朝のパラークラマ・パーンディヤ2世の侵攻によって1212年から3年間、支配下に入った。その後彼はカリンガ国から来たとされるカリンガ・マーガに倒され、ポロンナルワも彼の支配下に入った。その後カリンガ・マーガはジャフナ王国を建国した。一方、シンハラ王朝はウィジャヤバーフ3世がダンバデニヤへ遷都し、ダンバデニヤ王国が建国された。

歴代国王

  • ウィジャヤバーフ1世 (Vijayabahu I)
  • ジャヤ・バーフ (Jaya Bahu)
  • ヴィクラマバーフ (Vikrama Bahu)
  • パラークラマバーフ1世 (Parakrama Bahu, The Great)
  • ニッサンカ・マッラ (Nissankamalla I)
  • リラヴァーティ女王 (Queen Lilavati)
  • カルヤナヴァーティ女王 (Queen Kalyanavati)

交易

ポロンナルワを支配した国王たちは諸外国と交易を行った。パラークラマバーフ1世の統治の際、スリランカはコメの一大産地であり、インドや他の東南アジア諸国へ輸出していた。ポロンナルワの人々は沿岸部でしか取れない塩を除くと、多くのものを近隣で得ることができた。

宗教

ポロンナルワ王国では仏教が中心となった。しかしシンハラ人が統治する前はチョーラ朝の影響でヒンドゥー教が大きな力を持っていた。ポロンナルワのムーンストーンにはヒンドゥー教で神聖視されるウシの形を取り除いた痕跡が残っており、遺跡内にはシヴァを祀る寺院も存在する。

脚注


ポロンナルワの古代都市遺跡〜スリランカの世界遺産を歩く旅 旅人ライフ森の楽園

古都ポロンナルワ 世界遺産ランキングガイド

[ポロンナルワ]スリランカの古都の魅力を味わう[文化三角地帯] Sri Lanka Jasmine Tours

ポロンナルワ観光ガイド~定番人気スポットを参考に自分にピッタリの観光プランを立てよう!|エクスペディア

[ポロンナルワ]スリランカの古都の魅力を味わう[文化三角地帯] Sri Lanka Jasmine Tours